ちゃらんぽらんの日記

おカネやビジネスのことが中心です。

保護すべきもの(1)

資本主義イコール工業社会では必ずしもないのだが、その煽りを食っている産業がある。そのほとんどが労働集約的産業である。農業もそうであるし、介護もそうであろう。しかし、この分野には漸く規制緩和やらロボット化やら政策の関心が揃ってきた。


労働集約的ということは、一定の労働投入量で生産されるアウトプットが少ないということに他ならない。このアウトプットは単価はそれほど変化せずに数量が変わる。工業製品では高性能な機械に買い替えれば、生産数量が2倍になることすらある。結局は大量生産時代の現代では「数量」の伸びがアウトプットを左右すると言える。生産数量が2倍にできるならば、価格を2割下げても利益は十分確保できて競争できる。つまり、競争力とは価格引下げ(ダンピング)能力であり、結局は生産数量の成長力に帰結するということになる。

消費者から見れば、今まで5千円していた商品が4千円に値下がりするので歓迎であろう。だから、その商品を扱う店に殺到する。それを見て、他の店も負けじと取り扱い、結局は4千円が当たり前の価格になるが店の利益率は低下し、人件費を抑制する外注費を削減するなどデフレ圧力が循環して侵食していく

可哀想なのは「量ではなく質で勝負する」産業である。質で勝負してきた真面目で骨のある業者も瀕死の状態というケースが少なくない。何故売れないのだろうか? 答えはいたって簡単である。「消費者は質の違いが分かっていない」のである。それでも、例えば日本酒のように、地方の無名の蔵元の酒であっても、酒呑みが口にすれば違いはある程度は分かる。味覚は質の違いを認識しやすい。量ではなく唯一質を認識できる感覚器官なのかもしれない。しかし、視覚、聴覚、臭覚、触覚では必ずしも質の違いを認識できない。そのように考えると、「食」は日本のみならず海外でもファンが増えている現象には納得がいく。しかし、それ以外の道具、例えば食器、家具、文具、織物などは味覚を使えないので質の違いが分からない。

かくして、日本の伝統工芸品は今や瀕死の状態にあるのである。