ちゃらんぽらんの日記

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コミュニティ文化を変える ー最終章(1)ー

まち・ひと・しごと創生本部首相官邸にできて地方創生関連の予算として約1兆4千億円が見込まれています。

896の自治体が人口減で消滅しかねない、という『地方消滅論」が大反響を呼び、政府が危機感を抱いたことが背景にあるとのこと。しかし何も今始まったわけではなく、5年前に筆者もセミナーで警鐘を鳴らしていたことは前掲のとおりです。元総務相の発言と私めとでは発言の重みは全く違いますが、それでも当時の投資家層からは結構反響がありました。

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最近の地方創生の盛り上がりは、大賛成なのですが、予算化の過程でどうも根本的に違和感が拭えないのです。

1)基本感の違い:人口減少に対して


政府は「人口減を食い止める」ということを目標に置いていて、その方法として女性の子育て環境を地方に整備するとしています。私は、「人口減は食い止められない」。しかし、うまく逆手にとることで都市や地方を再整備して住みやすくするリ・デザインは可能、という考え方です。

2)違和感がある部分:数値目標化=予算化

政府は各省庁・各自治体に地方創生案を作らせ、KPI(重要指標)目標を設定させるという数値目標化をしています。なぜ数値目標化をするかと言えば、それに応じて予算配分をしやすくなり、説明責任を果たせるからです。私は、「数値目標化=予算化する問題かなあ」と疑問に思うのです。

予算配分をするということは過去の延長をすることと同義」で、ここに大きな懸念を抱きます。

1300万人の人口を増やそうと、ひとり10万円の予算をつけたからといって、そう簡単には人口は増えないぞ、と思うのです。結局、ハコモノを作ったり補助金をばらまいて終わりとなるような気がするのです。5年前はリ・デザインは、都市は減築の法整備を、地方は広域連携を促進して「まばら」な人口集積に備える、と考えていました。今もそれは変わりません。それは、国土に「まばら」になっていく人口のなかで、住みやすく・美しく・最低限の行政サービスを機能させる在り方だと思うからです。行政よりも、自治組織が重要になる側面もあります。

ヒトが地方に住むには、それだけでは足りません。母や子に優しい環境を作っても、夫の仕事には厳しいからです。

「何? 環境のいい地方で家族と暮らしたいって? いいよ。でも、もうウチの会社には君のポジションはないからね。」そう言われるのがオチだからです。

「しかし、△△部長、今の業務はPCがあればできますよ。今は、PCのスクリーン画像を定期的に撮して送信する監視ソフトもありますから、サボっていないことも証明できますし。」「いやいや、ウチの常務はそんな進言を社長にはしないよ。自分が可愛いからね。」「社長もそんな冒険はしたくないと思うよ。」こういう会話になるのがオチです。

かくして、社内はみんな下から上司の顔色を伺うヒラメ族になってしまい。「出勤すれば、咎められないですみ、みんなが集合することで『社会的手抜き』が蔓延する」結果になるのです。

この企業文化が(特に大企業の企業文化)が変わらない限りは、何をやってもヒトは地方に移住しようとはしないでしょう。

ですから、「政府は、『この企業文化に介入する決意をもって』、大企業を説得しなければ地方創生は成功しない」のです。大企業そのものを票田にもつ自民党も、大企業の労組を票田にもつ民主党も同じかもしれません。決意をもって大企業を説得するのであれば、無駄な歳出は1円たりとも不要です。

「企業文化に介入する決意」をもてないのであれば、このシリーズの「Sensible Citizen 国家」で書いた、フリーランサーを支援して地方移住を促進するべきなのです。

日本の唯一の目標は労働生産性を上げて、1人当たりGDPを高めることです。まだまだチャンスはあるのですが、下手をすればアジアなどの新興国労働生産性でも負けて、現在、世界20位・アジア太平洋州で5位も、さらに転落する可能性があります。なにしろ、彼らはどんどん優秀になってきていますから。90年代半ばに抱いていた感想とは様変わりです。下手をすると、日本は欧米からもアジアからも軽蔑される国になってしまうかもしれません。

このような問題意識を持っているので、「何か、政府のやる事もイマイチなんだよなあ。」という感想を抱いてしまうのです。

企業文化の問題はコミュニティの文化の問題でもあります。まだ続きます。

(続く)