ちゃらんぽらんの日記

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会社の支配権と資本(1)

昨今のマスコミを賑わせている西武鉄道の例に限らず企業の支配権がたびたび話題になっている。どちらの味方をする訳でもないが、根本のところで何か違和感を感じてしまう。「会社とは誰のものか」「公益と会社の関係」「資本と労働」「上場会社」など考えさせられてしまうのである。

サーベラスは、投資ファンドであり投資資金の使い道はすべて投資家のために行う。投資家の利益最大化が目的である。サーベラスへの投資家は、日本の機関投資家も一部参加しているだろうがグローバルな投資家の資金を集めており、西武鉄道を利用している投資家は殆どいないだろう。従って、不採算路線を廃止しようが西武ライオンズを売却しようが、そこに愛着をもったり不都合を感じる投資家はおらず、投資リターンの最大化(つまり売却価格の最大化)のみを求める。私も13年前であるが、私が責任者を務めていたファンドからサーベラス・ファンドに投資していたことがある。そのためNYでファインバーグ会長とも、日本で当時日本のNo.6であったフォスター氏とも会ったことがある。当時のファインバーグ会長はまだ30歳台、会うとビックリするくらい金融スーツ族とかけ離れ、NYヤンキーといった印象だったので某報道の表現はさほどかけ離れたいないのだろう。しかし、そのような外形的印象論とは別に、投資家の利益最大化という目的に対して、トラスティーを通じて神に誓約した執行方法を通じて、忠実な業務を行っているということになる。

一方で、西武鉄道は地域において鉄道業務を代替できる他の事業者は実質無く、かつ公益を担う企業である。一般の企業も、株主と従業員、取引先と顧客という4種類のステークホルダーに対して、事業の権利とともに社会的な責任を負う公器の側面を持っている。そのため、経営陣はその利害のバランスを図らなければならない。鉄道・電力会社などの業種は公益セクターに分類され、その言葉通り「公益を担う事業」が定款の目的であるため、4種類のステークホルダーバランスに腐心し、株主利益の最大化のみを至上命題とする訳にはいかない。不採算路線の存続は顧客と場合によっては取引先・従業員とも利害は合致するかもしれない。しかし、株主は誰もがなり得る。従業員・取引先・顧客も勿論株主となり得るが、西武鉄道沿線とは無関係な地域の個人投資家機関投資家サーベラスのようなファンドも当然株主となり得る。これら無関係な株主が、不採算路線の廃止を歓迎したとしても誰も非難することはできない。

両者の対立軸は、このような事実特性のうえに成り立っている。

私は、公益目的の民間事業会社がなぜ事もあろうに不特定多数の株主から資金調達を行う上場市場の世界に入ってしまったのだろう、という感想を抱いている。企業の目的と資金調達方法から考えれば、上場した時点から明らかにミスマッチなのだ。

戦後から未だにそうであるが、「上場企業=立派な企業」という図式のイメージが定着していることに疑問がある。それ以前に株式会社という形態が、なぜ唯一無二の事業組織というイメージがまかり通っているのだろうか。株式会社が登場したのは、約150年前の幕末。商人組合では資本力のある外国商人に対抗できないため、他人からの資本を調達するためにつくられた。つまり、資本の蓄積がない時代に過小資本対策のためにつくられた事業組織の形態である。株券を発行して不特定多数から資金を集めるためには、一定の規模の要件などが必要であったり、その行為が紙幣を勝手に民間が刷っているのと同じであるため、有価証券という概念のもとで規制された。東証などの取引所は、株主などの投資家たちの売り買いの利便性のために創設されている。

仮に、新株を発行する時点で、株主の顔ぶれが永遠に移動せず又は取締役会が譲渡の承認をする制限をつけたままで、「不特定多数から資金調達」をするのであれば、取引所に上場せずとも、有価証券届出書を提出し毎期に有価証券報告書を提出することで事足りる筈である(未確認だが、確かそうなっていたと記憶している。)。そのような判断を行って、資本増強をしておれば、サーベラスとの仁義なき戦いも起きなかった。しかし、過去の政治も行政も金融界も産業界も、こぞって「上場させて、立派な企業」をつくることに邁進してきたのである。

公益セクターの企業をもともと上場させてはいけなかったのではないか?という疑問が湧いてくる。私がサーベラスに投資していた13年前に対極の投資信託をつくった。触れ込みは「日本初の社会的責任投資ファンド」。今でも当時の部下のファンドマネージャー君が運用している。第三者機関に社会的責任を果たしていると思われる企業を環境や雇用・地域貢献など4つの観点からスコアリングをして投資をする。これもひとつの契機となりCSRを導入する企業もその後急増した。スコアリングをしてみると公益セクターの企業が必ず上位にくる。上述の4種類のステークホルダーへのバランスに腐心していることを伺わせる結果となった。しかし、所詮は不特定多数の投資家に晒される上場企業なのである。

公益セクターへの企業は国によって取扱いが異なる。国が独占し頑に民営化を拒む国もあれば、ネガティブリストの対象企業として外国人の投資を認めない国もある。グローバリゼーションや規制緩和だけが正しい訳ではないのである。ことほどさように、公益と市場主義の棲み分けは難しい。鉄道事業も電力事業も保護された業種である。鉄道会社は、発足以来デフレ経済であろうと運賃を値下げしたことはない。値上げを所轄官庁に認めてもらい採算がとれるように設計された事業構造となっている。このような会社は自ら運営するキャッシュフローで十分成り立つ筈である。仮に、不特定多数から資金調達するにも社債を発行すればよい、どうしても株式を発行するならば議決権のない優先株などをベースにすべきかもしれない。議決権は地域コミュニティに制限するなどの方法もあるだろう。取引所は必要不可欠な存在であることに異論はないが、「何がなんでも上場。上場企業こそが立派な企業。」というお粗末な論法はいい加減止めてはどうか。
(続く)